代表取締役|梅津 智浩(うめつ ともひろ)
物をつくる前に、人をつくる。
挫折を糧に変えた情熱で、100年続く信頼を築く。
山形市出身。1961年生まれ。
大工として手描き図面に夢を乗せていた父の背中を見て育ち、土木の道から建築の世界へ。バブル崩壊による倒産という壮絶な経験を「何くそ」という反骨精神に変え、再出発。以来、梅津はお客様との「引き渡しから始まる長いお付き合い」を合言葉に「人」を何より大切にしてきました。チャーミングな一面の中に隠された強い信念で会社を引っ張る経営者です。
プロフィール
出身:山形市
生まれ:3月2日
担当:代表取締役
休日の過ごし方:趣味はヘラブナ釣りとゴルフです。特に釣りは全国の研究会仲間と切磋琢磨し、東北から関東まで遠征することもあります。少年時代、小川や田んぼで自然と遊んだ記憶が、今の私の原点かもしれません。
インタビュー
まず、仕事内容を教えてください。
経営者として会社全体の舵取りをしていますが、根底にあるのは「引き渡しから始まる長いお付き合い」です。新築の引き渡しはもちろん、その後のメンテナンスを通して「梅津さんがいたから、うちもしっかりしているんだ」と言っていただけるような、一生涯のパートナーシップを築くことが私の仕事です。
会社・業界に入ったきっかけは?
父が大工だったこともあり、建築の仕事は私にとって身近な存在でした。
それともう一つ、今でも目に焼き付いている光景が、お客様との打ち合わせが夜な夜な続き、やがて食事の時間になり、ともに酒を交わし、色々なよもやま話をしている光景でした。
今で言う、ぶっちゃけ話。現代ではそのようなことは少なくなりましたが、でも「腹をわって話す」お互いに通じ合っている様子が私にとっては印象的なできごとでした。
その後、手に職をつけたいと技術職の道に。建設だけでなく、土木にも興味を持ち、総合建設業の仕事に。しかし、バブルがはじけ、父の経営する会社が倒産。
私も含め、家族全員が途方に暮れました。
幸い、救いの手を差し伸べていただいた会社があり、父と2人で入社。
ナニクソという気持ちと、拾っていただいた感謝の気持ちも込めてガムシャラに働きました。すると再度会社を任せていただくこ゚縁に恵まれ、現在に至ります。
次は、世間が苦境でも生き残る会社にする。
そして、社員がイキイキ働ける環境をつくる。
松下電器産業の創業者、松下幸之助さんの「モノをつくる前に人をつくる」の精神で、家づくりだけでなく、人づくりにも精根をこめ経営をしてきました。
今のゆとり・祥建設が絶対の正解かどうかはわかりません。でも、少なくとも入社する社員は「会社の雰囲気が良くて入りました」と言ってくれます。お客様も「人で選びました」と言っていただけます。これが一つ、私の目指すゆとり・祥建設のカタチかな、と思っています。
仕事のやりがいを感じた瞬間は?
「安心して任せられる」お客様からそのような言葉をいただいた時は、何より嬉しいです。建物は「生き物」であり、完成までの苦労も多いですが、そんな苦労も「ゆとり・祥建設なら一緒に乗り越えることができる」と思っていただけていると、その言葉から感じるからです。
仕事の厳しさを感じるのは、どんな時ですか?
長く続けるためには、ときには「遠回り」も必要になる、ということです。
例えば、会社を伸ばしたい、もっと多くのお客様に喜んでいただきたい。
そう思って、自分たちのキャパシティ以上に会社を大きくしたら、少し歯車が噛み合わなくなっただけですっ転んでしまう。
住宅建築に思い入れがあるから、その事業1本で行く!と必要以上に絞り込んでしまっても、一時的に冷え込んだら、従業員たちに仕事がなくなってしまう。
そこで、少し遠回りかもしれないけど、一歩一歩、従業員の成長を促しながら次の一手を打つ。土木や公共の事業もできるように、専門の範囲の中で業務の幅を広げていく。急がば回れ、これができそうでできない。私は、会社の倒を目の当たりにした経験を踏まえて、アクセルばかりではなく、ときには石橋を叩いてわたることが大事だと思っています。
これをやらせたら右に出るものはいないということは何ですか?
ヘラブナ釣りですね。
ヘラブナ研究会というのがありまして、日本全国で6万人も会員がいて。
そこでの活動が趣味の一つです。
あなたの「ゆとり」を感じる瞬間は?
ちょっとの残業。
経営していると、仕事があるということが安心感なんです。
なので、ちょっと(くらいがちょうどいいですが笑)の残業時間、
誰もいない事務所で、残業をしている時間がゆとり=充実時間です。
今後の夢・目標を教えてください
これからは日本も、山形も、人手不足など色々な苦難が予想されます。
そんな中でも、お客様ご家族には「建てたい時に、満足できる家を建てられる環境」を提供できるうようにしていきたいと思っています。また、事業のことだけでなく、地域の会社として、地域で必要とされる存在でありたいと願っています。